今年の夏期休暇を利用した遠征旅行記。
行き先は昨年に続いて北海道!
東日本~北海道を巡った学生時代最大の大旅行から10年。
久しぶりに道東に行ってみたくなりました。
初日は、平成31年に石勝線夕張支線が『攻めの廃線』として廃止された夕張へ。
その後は根室本線→釧網本線→石北本線という道東一周王道コースをたどります。
新千歳空港 11時10分 → 南千歳 11時13分 千歳線 区間快速エアポート57号 札幌行き
しょっぱなから飛行機が30分遅延して、
予定していた列車になんとかギリギリ間に合いました。
余裕もっててよかった~。
南千歳 11時17分 → 新夕張 11時54分 石勝線 特急とかち3号 帯広行き
南千歳から石勝線の特急列車へ。
タイトルに【ほぼ普通列車で】なんて入れてしまいましたが、石勝線 新夕張までの普通列車はなんと2.5往復。
近い時間に列車はあったのですが、夕張支線亡きあとの夕鉄バスが接続してくれないのです…
特急とかちは、すべての列に乗客が座っている好調な乗車率。
といっても列車は4両編成と短いです。
次の追分駅までは17.6km離れており、平野をまっすぐに突き進んで行きます。
間には行き違い用の信号場が2つ設置されています。
室蘭本線と接続する追分駅。
畑の中を突っ走る北海道らしい風景。
行き違いのため停車した川端駅。
石勝線も普通列車が停車する駅が近年ことごとく廃止され、
この川端駅が普通列車のみが停車する唯一の駅となっています。
川端駅を過ぎると列車は山間部へ入っていきます。
写真は撮れませんでしたが、今年3月に廃止された滝ノ上駅のすぐそばには入り口にゆるキャラ(?)メロン熊が鎮座する道の駅がありました。
新夕張駅に3分ほど遅れて到着。
夕張支線の次駅が消されていますね。
2面4線構造の駅ですが、貨物列車が停車しているほうのホームは夕張支線が主に使用していたため、現在、旅客列車は使用していません。
新夕張の駅舎。
一部時間帯だけですが係員のいる有人駅です。
新夕張駅は1981年まで紅葉山駅を名乗っていました。
駅名標が残されています。
石勝線が新得まで延伸開業したのと同時に新夕張と改称されています。
新夕張駅前 12時12分 → 夕張市立石炭博物館 12時59分 夕鉄バス 石炭博物館行き
夕鉄バスに乗車します。
大型車(2018年式の日野 ブルーリボン ノンステップ)を使用しています。
このバス路線が石勝線夕張支線の廃止代替路線を兼ねていて、旧夕張駅から少し足を延ばして夕張市立石炭博物館とを結んでいます。
夕張はかつて炭鉱で賑わった場所です。
JR石勝線夕張支線 路線データ
新夕張駅から夕張市中心部の夕張駅まで16.1kmを結んでいました。
最末期のダイヤは線内折り返しの普通列車がわずか5往復。
2016年7月末、経営の厳しいJR北海道が「『JR単独では維持困難な線区』を秋までに公表する」ことを表明すると、その発表を待つことなく当時の夕張市長がJR北海道に自ら廃線を申し入れた珍しいケース。
夕張市内の交通体系の見直しにJRが協力することが条件に盛り込まれ、
準備が整った2019年3月31日限りで夕張支線は廃線となりました。
夕張支線の代替といえる路線バスは乗客は2人でスタート。
新夕張駅周辺は、道の駅があるだけであまり栄えていません。
新夕張から2.7km離れた沼ノ沢駅跡。
公衆トイレとなっているようです。
廃線跡はけっこう残ったままであり、川に架かる橋梁も見ることができます。
夕張支線廃止後に南清水沢駅近くに建設された複合拠点施設『りすた』。
図書館や、市役所の支所も入居しているようです。
高校が近くにあるようで、往復とも高校生の乗車がありました。
路線廃止後のまちづくりの一貫で、住宅の多く比較的栄えている南清水沢地区に
都市機能を集約しようとしているようです。
バス路線はただ夕張支線に沿うだけではなく、清水沢地区では団地や小学校に立ち寄るなどして複雑な経路をたどります。
夕張支線を跨ぎます。
残された線路が見えます。
夕鉄本社前のバスターミナルまでが一番利用者が多く、また人数は2人となりました。
レースイリゾート(夕張駅前)を通過します。
少し標高を上げて、終着、夕張市立石炭博物館に到着。
料金は830円でした。
細かく利用はありましたが、やはりバスで十分に足りる輸送量です。
停留所も細かく設定され、やはり交通機関としてはバスが適していそうでした。
本数も鉄道時代から倍増されています。
バスを降りて博物館入口までが遠い…のですが、これは博物館の構造上の理由だと後でわかります。
キツネさん。
『圧倒的な廃墟感に負けずドンドン進もう!』
圧倒的な廃墟感。
5分ほど歩いてやっと入り口に着きました。
今やメロンの名が一人歩きしている夕張は、かつて炭鉱で賑わった町。
鉄道も石炭の輸送のために建設されました。
夕張まで鉄道が達したのは1892(明治25)年のことです。
幸運なことに、期間限定の展示として、夕張鉄道が開業してもうすぐ100年となることを記念した夕張の鉄道の歴史についての展示が行われていて、見入ってしまいました。
栗山方面から山を越えて夕張に至っていた夕張鉄道に険しい三段スイッチバックがあったのを初めて知りましたね。
夕張の歴史や石炭・炭鉱についての常設展も見応えたっぷり。
炭鉱が閉山し、その後のレジャー開発も散発した結果、財政が悪化。
時が止まった演出には心がぎゅっとなりました。
坑道を再現していて、掘削機械等の実演もありました。
坑道のつくりのため博物館は一方通行で、入口より出口がかなり下にありました。
入口が遠いはずだ。
帰りは旧夕張駅まで歩くことに。
夕張本町の辺りは夕張キネマ街道とされ、昔の映画の大きな看板が建物に掲げられていました。
夕張市役所。
図体だけはデカい。
夕張駅横、レースイリゾートのスキー場が見えます。
特徴的な形をしたこのホテル。
コロナ渦に運営元が破産、休業状態が続いています。
これより上にもう一つ大きなホテルが閉まっていました。
スキー場だけは中国系企業が引き継いで冬に開いてるとかいないとか。
夕張駅の駅舎はそのままカフェになっていました。
駅舎はホームにつながったまま。
線路もそのまま。
夕張支線の最終日、このアングルでニコ生の配信見てたよな…とか思い出しながら。
夕張を取り巻く交通環境はさらに厳しくなります。
2023年10月には夕鉄バスの札幌急行線(新札幌駅行き)が廃止。
そして今年の9月末で北海道中央バスが運行していた札幌行き高速バスも撤退。
一往復のみ残っていた岩見沢行き一般路線も廃止され、バスで夕張から出ることはほぼ出来なくなりました。
帰りのバスより。清水沢駅跡。
この新夕張駅を結ぶバス路線、車内アナウンスを上下線それぞれ別の
夕張出身の歌手の方が担当されているんですよね。
夕張に住んでいた頃の思い出なんかを混ぜ込んでアナウンスされているので
これも聞きどころです。
激しすぎるメロン熊。
新夕張駅に戻ってきました。
着いたときには開いていた窓口が閉まっていました。
追分・南千歳方面の石勝線の普通列車が少なすぎるため、夕張市民の方のみ対象で特急にも乗車できる措置がとられているようです。
なお、新得方面へは普通列車の運転がありませんので、新得までは特急列車の空席に
乗車券のみで乗車できることになっています。
新夕張 17時04分 → 新得 18時02分 石勝線 特急とかち5号 帯広行き
というわけで、私も特急列車に新得まで乗車します。
新夕張から先は人口の少ない山間部を走行します。
新夕張から新得まで89.4kmの間に駅は占冠とトマムにしか設けられていません。
4~7kmおきに行き違い用の信号場が設けられています。
リゾートホテルのあるトマムは外国人観光客であふれていました。
約1時間の乗車で新得に到着します。
急がないので後続の普通列車に乗り換えます。
幾寅・富良野方面への乗り換え駅でしたが、
根室本線の新得~富良野は2024年3月31日限りで廃止されてしまいました。
2016年夏の台風災害で被災し、東鹿越~新得がバス代行輸送となっていましたが、
鉄路での復旧は叶いませんでしたね。
新得の駅舎。
駅前は何やら工事をしていました。
駅舎内では廃線となった新得~富良野間の歴史について展示が行われていました。
みどりの窓口が閉まると発車標も消えてしまいました。
新得 18時57分 → 帯広 19時54分 根室本線 普通 帯広行き
根室本線(新得~釧路)の普通列車は2022年3月ダイヤ改正よりH100形に統一されています。
新品のH100形。
帯広までは終始、手で数えられるくらいしか乗っていませんでした。
都市からの帰宅時間帯ですから逆の流動ですね。
約1時間の乗車で帯広に到着。
本日の移動はここまで。
帯広のソウルフード、インデアンカレーを食べにお店に向かうと、、、
、、、閉まってる!?
お盆の翌週にあたる訪問日、この日を含めた三日間、全店が臨時休業だったそうで。
ホワイト企業じゃないですか。
すぐ近くに同系列のレストランを発見。
無事にインデアンのカレーを食べることができました。
味はもちろんめっちゃ美味しかったです。
お楽しみに。